さくら――Syrup16g

近所にたいしてうまくないラーメン屋があって、行くたびに「たいしてうまくなかったなあ」と思うのですが不思議と行ってしまうという。今日も行きました。やっぱりたいしてうまくなかったです。

 

ビッキー・ホリディです。

 

 

 

最近フラッシュバックに悩まされています。数ヶ月前から「なんか昔のことばっか思い出すなー」と感じてて、そのときは楽しかったこととかも思い出していて、別に気にしていなかったのですが、だんだんと思い出すのが嫌な思い出ばっかになり、しまいには当時の感情まで鮮明に思い出しちゃって、なんだかなあという感じです。

 

今日は、昨日からずっと引きずってしまっていて、休みだし先生に相談してみようと、病院へ行きました。

 

なにやら、そういうのに効く薬があるようで、便利な世の中だなあと思っていたのですが、いかんせん僕の病気とあまり相性がよくないらしく、とりあえず様子見となりました。

 

原因はなにかないの?と言われたのですが、これといったものは思いつかず、むしろいきなりきたから僕も戸惑っている状態で。

 

カウンセリングってどうなんすかね、と訊くと、それもあまりよくないらしいです。統合失調症の患者ってのは「自我」の境界があいまいで、他人と接していると簡単に踏み込まれたり、あるいは「引きずられたり」するらしいです。言われてみれば僕も他人の目を見て話を聞いていると「持っていかれる」ような感覚になって、非常に怖い思いをします。で、カウンセリングはカウンセラーからの影響がでかく、かなりリスキーらしいです。あと、腕のいいカウンセラーはほとんどいないからとも。

 

 

 

とりあえず様子見とは言われたものの、やっぱりこのままじゃ不安で、なにせ考えないようにしても、気を紛らわそうとしても、ふいに「それ」はやってくるので。

 

誰かに相談つっても相談できる相手なんていないし、親にでも話すかとも思ったのですが、「それ」の原因は親にあるので、話すのはお互いのためじゃないよなと。

 

しかし、僕自身としても「なにをいまさら」って感じなんですよ。そりゃ昔はそのことでずいぶん考えたし、いまでもたまに支障をきたすことはあるにせよ、つつがなくやってきたのに。それでそのときのことは折り合いもつけたはずなのに。

 

アラサーにもなって、いまだに親を許せないとはなあと、自分でも嫌になります。でも、そうなっちゃうもんはしょうがない。

 

社会人になって、一人暮らしをして、当時の僕が決めていた「おとなになったらやること」はあらかたやりました。

 

ここから昔話になりますが、たぶんちょこっとはここでも書いた記憶があるのですが、僕は保育園のころから「二十歳になったら家を出る」と決めていました。そして、それは年を経るごとに揺らぐどころか固いものになっていきました。

 

そのときから、なんていうか、僕は家族の中で浮いていたんですよ。家族4人でごはんを食べているときでも、僕以外の3人で和気あいあいとしていて、僕はただ黙ってごはんを食べていて。話を振られるわけでもなく、喋ってみても「ああ、そう」みたいな感じで、弟のときのようなリアクションはもらえませんでした。外食のときは親が「なにが食べたい?」なんて訊いてきて、僕が「これが食べたい!」といっても、「聞こえてないかのような素振り」で、弟が「あれにしたい!」って言うと「じゃあそこに行こう」みたいなね。

 

それでもどうにか両親の気を引こうと、あれやこれやとやったものですが、怒られるばかりで実を結ぶことはなく、その日にあったことを一生懸命喋っても相手にはされず、挙句の果てには父親から「お前の話はつまらない」と一蹴されました。

 

そのときから僕は喋るのが怖くなりました。「そっか、つまらなかったんだ……じゃあもう喋らないほうがいいよな」と。ちなみにそれはいまでもそうです。いまではだいぶマシになりましたが、それでも自分から話すとなると、頭の中で何回も推敲して、それなりにオチをつけて、何回も頭で繰り返して訓練して、それで話しかける、って感じです。病院で「どうですか?」って訊かれるんですが、それも苦手で、そのために1ヶ月、自分の体調を観察して、病院の日に備えています。それでもどもります。

 

僕が幼心に意識して喋るのをやめても、両親は意に介すことはなく、相変わらず弟と楽しそうに3人でやっています。

 

母親に「どうしたら話がうまくなるのかな」と相談したこともあります。切実な相談でしたが、母親は面倒くさそうに「聞き上手になればいいんじゃない」とだけ。いまこうして思い出しても、小学校にあがる前の子供にその言い草はねーんじゃねえかと思うのですが、まあ、そう言われたわけです。それでますます僕は喋らなくなりました。

 

小学校にあがって、地元のサッカークラブに入ることになりました。僕は入りたいわけじゃないというか、むしろ嫌だったのですが、弟はやる気まんまんで(小学生じゃないので、翌年にならないと弟は入れませんでしたが)、いいなーいいなーって感じで、ここで「入らない」なんて言った日には、それこそさらに孤立するだけだなと、入りました。

 

父親と弟がサッカー好きで、僕もそれなりに好きで、浦和レッズの応援とか行っていたのですが、それでも父親と弟ほどの熱はなく、溝は埋められないままでした。で、サッカークラブでも小3くらいからもう嫌で嫌で、練習や試合のたびに腹を壊す始末でした。おまけにレギュラーにはなれずベンチで応援。弟は繰り上がりで僕の学年のチームで活躍している中、です。つまり、弟が試合に出ていて、僕はベンチでそれを見ている、と。

 

こうなるともう、家の中でもヒエラルキーが確定して、僕は隅へと追いやられていきました。見たいテレビがあっても言い出せず、言ったとしてもすげなく却下されます。というより無視されます。

 

――いつか本当の両親が迎えに来てくれるんじゃないか、とは何度も思いました。僕はたぶんどっかで拾われた子どもなんだろうと思っていました。

 

おおげさかもしれませんが、幼少期なんて親が絶対的な存在で、その親に存在を否定されたり(「お前は悪魔だ」とさえ言われましたし)、無視されたりされたら、拠り所は現実逃避しかありません。

 

なので前述のとおり、僕はさっさと自立して、家を出たかったんです。このあとにも軋轢はありましたが、僕のフラッシュバックの原因はいま書いたような幼少期のころの記憶です。

 

あのときはものすごい孤独感もそうですし、家族への憎悪もはんぱなかったです。このことは絶対に忘れないで、心に刻み込んで、絶対に復讐してやろうと、そこまで考えていました。

 

 

 

大人になったいまなら、両親が手探りで子育てをしていたから(なにせ僕は24歳のときの子どもですから)、しょうがないよなと、なんていうか、まあ、理解はしているつもりでした。僕は今年28歳で彼女もいないんですから、立派なもんですよ。

 

――と、もう何年も前に折り合いをつけて、それなりに両親ともいい関係を築けていたはずなんですが、ここにきていきなり、当時の孤独感とか恨みとか憎しみとか怒りとかが吹き上げてきて。

 

なんなんでしょうね。来月、法事があるからでしょうか。いとこもサッカー少年だったもんで、で、うまいしイケメンだしで、そこでもやっぱり僕は「落ちこぼれ」なわけです。いとこといても僕はなにを喋ればいいのかわかんないし、できれば会いたくないし。

 

葬式のときも、去年の法事のときも、終わると死ぬほど疲れが来て。いちおう、来月は有給を取ったのですが、できれば行きたくない……

 

 

 

とまあ、そんな感じで、フラッシュバック以外は相変わらず好調なんですけどね。

 

先生に言われたのは「『しょうがない』じゃなくて、『当時の自分は可哀想だったな』って考えてみたら?」と言われました。まあ、たしかにしょうがなかったとはいえ、僕は僕で辛い思いをしてきたので、それを受け入れろってことなのかな……

 

いまでも家族とか親とか、よくわかりません。ましてや愛なんて、その存在すら疑わしいです。僕からすれば。甘えても「長男なんだから」とかなんとか、突っぱねられたし、そうかといってこっちが突っぱねれば「誰のおかげでメシが食えると思ってんだ」とくるし。

 

僕からすりゃ、「誰が『産んでください』って頼んだんだよ」って話なんですよ。僕は別に望んで生まれてきたわけじゃありません。むしろできることなら生まれたくなんてありませんでした。いまだって別に生きたいから生きているわけじゃないですし。

 

……なんか厨二臭くなってきましたね。でもそんな感じです。

 

昔のことを思い出しちゃうといらんことまで思い出しちゃって、こんな僕を全力で受け入れてくれたのは、後にも先にも高校んときに付き合っていた彼女だけだなあと。僕を愛してくれたのは彼女だけです。両親ではなく。馬鹿なことにそれを受け止めきれずに別れてしまいましたが。

 

そんな彼女もいつの間にか結婚したのかしてないのか。よく知らないし、もうほとんど会うこともないですが、でもなんか相変わらずって感じで、いまのパートナーとは幸せそうだしで、よかったなと思ってます。なんにせよ、彼女には幸せな人生を歩んでもらいたいものです。

 

 

 

こんなキレイメな終わり方でどうでしょうか?

拍手返事

ごはんに塩は赤飯っぽくなるから好き。レンジでチンするタイプのパックのごはんだとなお良い。

→おー、やってみます!おいしそう。

 

・美味しいし1000円で食べ放題なの有能すぎ

→食肉センター、いいですよね。ただ、つい食べ過ぎて歩けなくなるのは事案です。久しぶりにレバー食べたかった……

 

・遅くなったけど、おめでとお

→こちらも遅くなりましたが、ありがとお!10周年にはオフ会ができるくらいのアクセス数になっていればいいなあ……やらないけど。

 

・バーというと銀座のルパンとか行きたいけど、勇気が出ないなオレ(バル関係ねーな)

→GI☆N☆ZA☆とか……いや、それ、怖い……

 

・命綱みたいなのが無いとこのボルダリングだと利用する前にここで怪我とか死亡されても店側は一切責任は負いませんけどいいですか?みたいな契約書書かされるのがくっそ怖かった。女の子のお尻を下から眺めるのたのしい。

→やらないでもお尻を見てるだけで楽しいですね。ちょっと契約書書いてくる。

 

・何かを褒める時にセットで何かを貶すのってクソだと思います。その点、誰も傷つけずに笑いを取れるヒカキンってすごいです。見習ってください。

→ごもっともです。反省してます。僕のようにクソでダニの餌にもならないような人間は、ああいう書き方しかできなかったんです。今後は気をつけます。その点ヒカキンはすごいですよね。漢字にすると非課金。……エンターテイナーの鑑ですよね。

 

・私も文理選択で死にました 悔いのない人生の選択をしていきたいものです

 →選択する前に二者面談とかしてくれればよかったのに、と人のせいにするっていう。

 

・ラブラドールじゃないのか

→バター犬には興味ないです。

 

・会話が弾む職場と言うのはうらやましい

→人間関係が良好なのが唯一の取り柄です。あとは基本ブラックです。

 

・あっ分かる、自律神経が自律神経狂わすみたいなループ状態糞すぎ

→明日、先生と交渉して最低でも頓服用でなにかしら薬をもらいにいきます。じゃないとしんどすぎてヤヴァイです。

 

・シロデココの者ですが、自分なりに誰でも気軽に観れるように気を配っていたはずが、怖いと思われるとは...まさかの想定外

→いや、なんていうか、僕がファンタジーに苦手意識を持っていたせいで、敬遠していただけで、いまではかわいさにやられています。なんで怖かったのかは自分でも説明できません……

 

・文学フリマ、そんなに異質な空間でもねーから大丈夫だよ。

ただ、私はもう出展しないけどなw

→そうですか……ならいいんですけど……1パーセントもわからないので、いまはただただ怖いです。

 

・なぜか後輩が男の前提で読んでた

ノンケのはずなのに

→ここはホモサイトじゃありません!!

 

・今更な話かもしれませんがハンネの由来ってビリー・ホリデイですか?

→そうです!……カッコいいのでそういうことにしたいのですが、実際は筋肉少女帯の曲で『ビッキー・ホリディの唄』ってのがあるんですよ。その曲が大好きで、そのまんま拝借しました。