腰の痛みで目を覚ました。気がつくと俺は床で寝ていたらしい。きしむ身体をゆっくりと持ち上げるようにして起き、煙草に火をつけた。テーブルには食いかけのカップラーメンがあった。しかし俺にはそれを食った覚えはない。
またやったのか、と俺はひとりごちた。そう、やはりというか、カップラーメンの横にはミネラルウォーターと医者からもらったばかりの精神安定剤が2シート、カラになったやつが転がっていた。煙草の煙をゆっくりと吐く。ヤニで汚れた壁に陽の差さない窓、押し潰さんとばかりの威圧感のある本棚、それとベッド。それがいまいる場所のすべてだった。そして、それが俺のすべてだった。
便所に行きたくなり、俺は煙草をくわえながら立ち上がろうとした。「よいしょ」の「よい」のところで膝が折れ、そのまま倒れてしまった。悪いことに頭を本棚にぶつけ、しがみつこうとしたものだから本棚が倒れて、俺は下敷きになった。片付けるのがめんどくせえな、と思ったところで痛みが走った。頭に手をやるが、幸いにも血は出ていないようだった。
今日は人生最悪の日だ。昨日もそうだったが、今日はそれ以上だ。そして明日は今日以上に最悪な日になるだろう。そうだ、そうに決まっている。
痛みを感じだすと、あちこちに激痛を感じた。そして胸が苦しい。うまく息ができない。
散らばった本を払いのけて、手を床につっぱって、できたわずかな隙間から這うようにして本棚から脱出した。煙草は床に落ちていた。拾い上げると床が焦げていた。煙草を一口吸って、灰皿に突っ込んだ。そして便所へと向かう。
また膝が折れそうになり、俺は風呂場のそばの物干しに捕まった。物干しはバスタオルをかけておくだけの粗末なものだったから、簡単に壊れた。俺は顔面を床にしたたかに打ち付けた。鼻血が出た。そのまま四つん這いで便所へ入り、トイレットペーパーを丸めて鼻に突っ込んだ。壁にもたれかかるようにして立ち上がり、便座へ座って用を足した。
便所から戻ると一気に現実に引き戻され、この凄惨な部屋を目の当たりにし、それでもかぶりを振ってこれは夢だと言い聞かせるように、俺は床に唾を吐いた。倒れた本棚に腰をかけて、また煙草を吸った。
ここのところ、いいことがない。いや、いいことがないのなんて当たり前で、悪いことがなかっただけ御の字と思うべきなのだろうが、なんだか気持ちが上向かず、生きている感じがしなかった。そういうときに昨日のように精神安定剤を一気に飲み、スコッチを水道水でハーフアンドハーフで割ってやっていると、だんだんと温かい布団の中で明日の遠足を楽しみにしているような、そんな気持ちになってくる。そしてそれは次第に、ジッポひとつ持ってエリア51に忍び込み、すべてを燃やし尽くしてやろうというような気持ちになってくるのだった。現実に俺がやったことといえば、せいぜいカップラーメンを食おうとしたくらいのものだが、少なくとも脳内の梅雨前線はどこかへ消え失せるので、それだけでよかった。
しかし、それをやると今日のように、現実はさらに残酷な姿をしてやってくる。さらに目を覚ましたときに、脳内の神経細胞が5パーセントくらい死んでいるような、ぼうっとした、そしていやあな感じがして、おまけに身体さえもいうことがきかなくなる。ただ、それもこうして数本煙草を吸えば、いくらかマシにはなる。
フィルターまで火がきていたので俺はいま座っている本棚で火を消して、そのへんにうっちゃってしまった。どうにでもなれ、くそったれ。
そして改めて立ち上がり、今度は大丈夫だと確認をすると、俺は本棚を起こした。元にあったところへ戻し、本を片付けていく。そういえば最近は読書をしていない。
黙々と本をつめている。相変わらず頭は少しやられているようだった。明日は仕事だ。時計を見るとすでに昼過ぎだ。もうなにもかもがバカバカしくなってきた。
病院には先週行ったばかりだった。再来週にでもまた行かないと、薬が間に合わない。病院なんていいずくによってはタダで薬が手に入る。俺はその方法を知っている。個人輸入代行が使えなくなった昨今、俺は自力で手に入れることができる。
それは果たして毒なのか薬なのか、そんなこと、いまの俺には関係のないことだった。