あれは寝苦しい夏で夜だった
ヴウウウウン、ヴウウウウンって耳鳴りがするんだ
明日も早いんだし、勘弁してくれよって思ったね
でもだんだんその耳鳴りが
言葉を紡いでいくんだ
「やあ、あんた何者だい?」
それはこっちが訊きたいよ。
そういやここんところくに夢なんて見なかった
寝ているときも、起きているときも
「悲しいことを言うなよ、俺だってそりゃ夢はあるさ。だけど――」
だけど?
「せめて男なら、他人(ひと)馬鹿にされても胸を張って生きていけよ。
野暮な人生だって、卑屈になっちゃおしまいさ。
それでも自分の生き方を貫けよ。じゃなきゃ男じゃないだろう」
俺たちはいつの間にか会話をしていた。口に出していたわけじゃない。
なにかこう、テレパシーのようなものなのだろうか、
とにかく、俺たちは会話をしていた。
「人を信用するってのは、
そいつなら裏切られてもいいって覚悟があるってことなんだ。
愛とはとどのつまり信じ抜く力だよ」
あいにく俺には関係のない話でね。
「それは君が気づいていないだけさ。愛する人はいないかもしれない。
だけど愛すべき人間ならいるはずだ、そうだろう?」
なあ、あんた何者なんだ?
「それはこっちが訊きたいよ」
俺は鼻で笑った。くだらない。
「君にもいずれわかるときが来るさ。それまで忘れないでいてくれよ。
――人生に意味なんてないんだよ。あるのは願望さ。
さあ、君はどう生きる?」
さあね。
「……それでもいいさ。とにかく、君は君で生きればいい。
誰がなにを言おうと、ね。
人は人じゃ変われないんだ。変われるとすれば自分の強い意志によるものだけさ。
誰かを救おうなんて、おこがましいとは思わないか?
自分自身さえどうしようもできないのに、は、は、は」
俺も小さく笑った。
「ごめんね、チャップリン。
俺は悲観的にしかモノを考えられないからさ。
ユーモアもアイロニーも持ち合わせていないもんでね。
だけど、たまにはそんな奴もいていいだろう?
ホンの少し、頭の使い方が違うだけさ。そう、それだけさ……」
ヴウウウウン、ヴウウウウン、ヴウウウウウン……